がれきのようにそうざつにつみあげられたからだは
いしゅうをはなれてまざるあって
だれもがびょうどうにあたえられるべきはずのきぼうは
しょせんはくーろん、すべて「はいとちれ
よくふかいひとのえごはしだいにぼうちょうし
どれだけこのちをうしなえばいいの
あまいみつにむらがるもうじゃよ
ごらんよそこにはもう
くされさるらせんのしたでまちこがれたときを
こよい...にぶるじゅうせいでうちころす
よるがあければこの「らくえん」にとらわれたきみをむかえにいくから
しょうねんはあいをなみだをころしぜつぼうにまんだ
いきることはうばうこと」だと
だれもがびょうどうをそしえてきょうそんをこうけれど
げんじつをまえにこえはかられていく
あまいみつにむらがるもうじゃよ
ごらんよこのこうけいをげんじつを
くされさるらせんのしたでまちこがれたときを
こよい...にぶるじゅうせいでうちころす
よるがあければこの「らくえん」にとらわれたきみをむかえにいくから
うまれかわるつきのしたで