ざっそうのびほうだいの
さんかくのあきち
きみをおくったよるは
いつもここできすした
どんなロマンティックもあたりまえにおもわれ
ときめきになれてしまう
ときにはぼくたちのかえりみちも
ああとおまわりすればよかった
こいは生きている生きているちゃんとみていないと
すぐこころのかたちがかわってく
なにもきづかなかったぼくのせいだよ
いつしかきもちがしんでいた
きみのぬけがらがぬけがらがめのまえよこたわる
まぶたをそっととじればなつくさのにおい
そのかどをまがっても
おもいでをかたれないだろう
こうじしゃりょうがはいって
なにがたつのだろう
そんなかんしょうてきな
ぼくはきみがすきらしい
ことばかずすくないきみをうでにだいて
ふしぜんときづかなくて
あのときそのわけをきいてあげてたら
まだつづいてただろうか
はながさくようにさくようにあいはうまれそだち
でもひざしがなければかれていく
みずをあげることさえわすれていたよ
ふたりはあいしあってたのに
いちどうつくしいうつくしいはなびらがひらけば
えいえんにずっとそのままかおるきがしてた
てにいれたitoshisaは
かわらないものとおもってた
だいじなひとはすぐそこにいた
だけどいまは
てをのばしても
さんかくのあきちだ
こいは生きている生きているちゃんとみていないと
すぐこころのかたちがかわってく
なにもきづかなかったぼくのせいだよ
いつしかきもちがしんでいた
きみのぬけがらがぬけがらがめのまえよこたわる
まぶたをそっととじればなつくさのにおい
そのかどをまがっても
おもいでをかたれないだろう




























